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【読者企画】高島宗一郎さんインタビュー① 人生を決定づけた中東での体験

高島宗一郎さん プロフィール
1974年大分県生まれ。大学卒業後、九州朝日放送に入社、アナウンサーとして朝の報道番組アサデスなどを担当。2010年に退社後、36歳という若さで福岡市市長選挙に出馬し当選。2期目の投票では史上最多得票で再選され現在第2期。創業支援やMICE(ビジネス系イベント)に特に熱心なことで知られており、先日は2021年世界水泳選手権の誘致に成功。現在は2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問など国政の要職にも就いている。

国家の存在を意識

小室:本日は貴重な時間を頂き、誠にありがとうございます。

 さっそく少年時代から伺います。現在は福岡市長でいらっしゃるわけですが、小学校、中学校では学級委員や生徒会の会長をされていたと伺っています。多くの人たちをまとめる役割には、ご苦労もあったかと思います。しかし、社会人になると、国や都市・地域などの代表である政治家は、とても遠い存在に感じられやすいものです。

 そうならず、政治家になることを強く志そうと思ったのには、何か原体験がありましたでしょうか。

高島:中学生の時、修学旅行で長崎に行った時、平和祈念像の前で悲惨な戦争をもう繰り返しませんとみんなで誓いました。ところが、世界に目を向けると1年も経たずに湾岸戦争が起きて連日ニュースは現地からの報道でいっぱいになりました。これは子どもながらに衝撃を受けました。どうして現代のように時代が進んでも戦争が起きるのだろう。そして話せば分かる国ばかりではなく、世界には自分たちと常識が違う指導者が治める国もあるのだと、その時はショックを受けました。

 その後、高校生になってから、小さい頃からプロレスファンだったこともあり、イラクでの邦人人質解放に動かれたアントニオ猪木さんの「たった一人の闘争」という本に出逢いました。読み進めると、湾岸戦争に関してTVで単純化されて伝えられていた内容とは違い、この戦争の背後には、複雑な歴史的経緯と各国の政治的思惑があることに気づかされたのです。TVでは米国のブッシュ大統領(当時)が正義、イラクのフセイン大統領(当時)が悪者とされ、分かりやすい二元論でイメージが創られていましたが、この本を読んでみて、テレビ報道を鵜呑みにして決めつけたり、判断することは危険ではないかと思うようになりました。

 それをきっかけに、若くしてメディアへの不信感が生まれたのです(笑)。それでメディアを通してではなく、直接自分の目で見て確かめたものでないと鵜呑みにしてはいけない。自分で現地を確かめてみたいと強く思うようになったのです。

 大学生になり、「見るまえに跳べ」という理念で創設された日本中東学生会議に参画し、外務省や財団法人中東調査会の皆さんにもアドバイスや後援を頂きながら、中東での学生会議を企画するために何度も現地を訪れる機会を得ました。そしてパレスチナで「国家」という存在を持たない人たちと初めて出会ったのです。そして、自分たちの国家を持たない人々の現状をまざまざと目にしました。

 ある日、私がヨルダン川西岸のラマッラーという街をタクシーで移動していると、道端でパレスチナ人のお婆さんが果物を道に並べて売っていました。すると突然、イスラエル兵が目の前で果物を蹴散らしたのです。

 日本では食べ物を蹴飛ばすなんてことは、しかも高齢の方にそんなことをするなんてことは、どういう事情があってもあり得ない。ですから、目の前で繰り広げられた出来事に心から驚きました。

 すると周りのパレスチナ人がやって来て、警備のイスラエル兵と揉め始め、ちょっとした騒ぎになっていきました。最初から見ていた私には、イスラエル兵がパレスチナ人を挑発しているように見えましたが、この騒動を、仮に「暴れるパレスチナ住民に対して、イスラエル当局が治安維持のために…」と発表すれば、受け手の印象は、180度変わってしまいます。

 断っておきますが、私にはその兵士の行動にどういう背景があったのかを調べることはできません。治安維持をしていたであろうイスラエル兵の側にも、極めて正当な理由があったかもしれません。しかし国連などを含む国際機関が「国家」を前提としている中にあって、非対称な関係、つまり「国家」に属する者と属しない者とが衝突すればどのような事態が起こりうるのかと考えると、ぞっとしました。

 現在の日本だと絶対にこんなことはありえません。私たちの国は海に囲まれて国境線が比較的明確なこともあって、「国家」は当たり前のものとして空気のように存在します。一方で「国家のために」「国民のために」というような言葉を使う時に、それがなぜ大切なのか、それまでその深い意味を考えたことが無かったことに気づいたのです。失って考えるようになってからでは遅い、とも。

 現地の学生と話をすると、イスラエルの人もパレスチナの人も日本という国を、そして日本人を高く評価していることが分かりました。世界において日本の国民は恵まれていると心から感謝しました。先人が積み上げてきたものの上に今の世界における日本の評価があり、日本という「国家」がある。自分が学生の時代に、否が応でも国家や国民ということを意識せざるを得ない場所に行ったことで、どれだけ自分達が国家というものに守られているのかを強く意識するようになりました。

 学生会議でエジプトにも度々訪れました。古代エジプトの王は永遠を求め、死後、魂が戻ってこられるように、自分の体をミイラにしました。ただ、エジプトで乾ききった本物のミイラを見て思った私なりの結論は、魂はここには帰ってこないということ。子孫を残し世代を繋ぎ、新たに瑞々しく生まれ変わり続けることで私たち人類は永遠の命を得ているということでした。

 今、人類の長い歴史の中で、命のリレーのバトンを前の世代から受け継ぎ、先頭を走っているのが今生きている私たちです。ですから、今の素晴らしい日本という国を現状よりも少しでも良くしてから、次の世代に渡していくという責任を自分も果たしていかなければならないんだという思いに至ったのです。

 

政治家の理想像を構築

小室:おじい様は、かつて大分県豊後高田市で市長をされていたと伺っています。そうしたこともあって、最初から政治家になろうと思っていたのですか。

高島:祖父からは「将来は日本に夢と希望を与えることができる政治家になりなさい」と言われ育てられてきましたので、私にとって政治や行政の世界は幼い頃から身近な存在でした。その影響からか、中学校の卒業アルバムには国連の安全保障理事会に出たいと書いていたくらいで、子どもの頃は国際舞台で活躍することを夢見ていました。

 しかし、成長するにつれ、学生時代の中東での鮮烈な体験もあって、外からではなく、やはり自分は自分の故郷である日本という国から、祖国をもっと良くして次の世代に繋いでいきたいと考えるようになったのです。祖父が政治家だったという流れと自分自身の体験が一つになり、自分の「使命」が明確になった感じがしました。

 その使命を果たすために何をなすべきか。

 「選挙に強い政治家になるべきだ」と自分なりに結論を得ました。選挙に弱いと本来の政治活動ではなく、選挙活動に大きな労力を割かなければなりません。また、高い志を持って政治家になっても、票のことを気にするあまり、既得権益と闘うなど思い切った改革は不可能になりかねない。選挙に強くない限り、自分の考えを率直に言えないし、やりたいこともできないと。

 そうした考えに至ったときに、自分の身近なところにアナウンサーという仕事があることを思い出しました。大学3年生でした。

小室:お父様が、アナウンサーでいらした。

高島:はい。あれほど不信感を持っていたメディアですが(笑)、やはりいろいろな意味で世の中に与える影響はとても大きい。しかも記者ではなくアナウンサーであれば、現場を取材しながら見識を深めることができると同時に、選挙を見据えれば自分の顔と名前を覚えてもらうこともできる。まずはアナウンサーになって、そして私という人間に役割があるならば、必ず運命に導かれる時が来るはずだ、と考えるようになりました。

Fukuoka city hall

福岡市役所。インタビューはここで行いました。

 

(取材協力)学生団体ivote福岡

■本記事の目次
第2回:アナウンサー、そして福岡市市長へ
第3回:市長になって
第4回:将来の展望

本読者投稿企画の記事は毎週月曜日午前7時にNewsPicksのタイムラインに配信します。
今後もご期待下さい。

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プロフィール

小室

小室 勝裕
1972年生まれ。京都市在住。
10年来、購買業務のうち間接材の取引見直しによるコスト削減を様々な立場で経験。コンサルテイング会社勤務時代には事業を西日本に拡大するに当たっての現場の最前線を背負う。事業企画、経営企画、そして内閣府に出向して国の制度改革にも貢献した後、製薬会社に転職、現在に至る。
週末は二児の父として子供と外出する日々。

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