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【読者企画】高島宗一郎さんインタビュー③ 市長になって

ロールモデル構築

小室:そして市長になられました。2010年11月。36歳という若さでの初当選でした。

高島:福岡はとてもイノベーティブな街だと思うのですが、その街が生んだ一つのイノベーションが、市長選挙だったとも思うのです。私にとっての最初の市長選には現職の市長や行政経験者など8人が乱立し、沢山の選択肢があった中で、市民の皆さんはわざわざ政治や行政の経験が全くない若い私を選択されたのですから。これは市民の皆さんが何か現状を変えたい、今までの延長、積み上げではなく、飛躍的に一気に変えてほしいというイノベーションへの期待の表れだと思いました。

 お話したように、政治家になったら、日本を一歩でも良い国にして次の世代に引き渡していきたいと考えていました。

 その日本が抱える大きな課題の一つが少子高齢化です。この少子高齢化は、人類が誕生してからどの歴史書にも記されていない、誰も経験したことがない現象です。生産年齢人口が減り、高齢者が増える。支える側が減り、支えられる側が増えていく社会を克服するための解は誰も示したことがありません。

 ということは、この問題を解決することができたら、日本にとって大きな進歩になりますし、大袈裟かもしれませんが人類の進歩とも言えると思うのです。大きな困難を伴うことは間違いありませんが、その分やりがいがある課題です。そのために必要となるのが地域におけるロールモデルであり、今、福岡市は、そのロールモデル作りにチャレンジをしています。

 自治体には住民に密接なサービスを行う基礎自治体である市町村と、自治体の補完機能を果たす広域自治体である都道府県があります。福岡市は政令指定都市ですが、この政令市は、直接的に住民に関わる基礎自治体としての「現場」と県と同等の「権限」の両方を持っています。

 ですから、福岡市であれば地域住民と医療施策との連携を図ったり、ICTやIoTを活用した行政制度を構築したりするなど、スピード感をもって少子高齢社会克服のためのロールモデルを作っていくことができるのです。

 今、スタートアップ都市推進協議会など、地方のチャレンジ精神あふれる首長の皆さんと連携して勉強会を実施し、同じ施策を同じタイミングで進めるようにしています。国より地方の方が議論に時間をかけることなく、素早く意思決定して一気に進めることができることを実感しています。

 

リスクを恐れず、一歩前へ

小室:今の福岡市はスタートアップ、創業支援に大変熱心なことでも知られていますね。

高島:そうですね。スタートアップ支援は、閉塞感を打破して活力ある経済と社会を作るために絶対に必要なものであると思います。一方で、このような破壊的なイノベーションで生まれたサービスやビジネスモデルの推進は「選挙に弱い」政治家には絶対にできないと思います。スタートアップによって新たなビジネスモデルが生まれてくると、既存のマーケットを奪う可能性があり、選挙の時に、いわゆる既得権益を持つ人たちからの支援を受けづらくなるからです。

 スタートアップ企業の経営者はとてもスマートで、革新的な商品やビジネスモデルを構築される一方で、選挙運動に積極的に参加される方はあまりいらっしゃいません。ですから、今の日本ではそれらスタートアップの革新的サービスを活用できる社会を築く力が弱いのが弱点です。一方、既存企業や団体は業界のシェアを維持するために何をすればいいのかの知恵があり、業界として選挙活動を行います。もちろん全ての企業や団体に当てはまることではありませんが、そのような状況にあって、新たなビジネスモデルを大きく成長させていくことは、選挙を気にせずに思い切ったスタートアップ支援や規制緩和、制度改革にチャレンジできる自分こそが果たすべき役割だという自覚を胸に取り組んでいます。

 今、民泊といったシェアリングエコノミーやドローンといった新しい技術、製品を使ったサービスが誕生し、あるいは誕生しつつあります。そうした時に、リスクがあるからと排除してしまうのではなく、安全等を十分に確保したうえで、ビジネスとして成長の可能性を模索していく。そんなチャレンジへの応援を私は続けていきたいと思っています。何か新しいことをやろうとしたら、リスクはつきものですし、できない理由を言いだしたらきりがありませんからね。

 今年の1月、福岡市は自治体が直接関与するものとしては日本で初めて民泊を試験的に実施しました。22件の民泊を認めましたが、受け入れにまで至ったのは4件だけでした。件数だけを見ると確かに少なかったかもしれませんが、それでいいのです。とにかく一歩前に進んでみる、新しいことに果敢にチャレンジする、そして実際どうだったかという結果を検証することが大切です。

 こんな問題点があった、じゃあ次はそこを改善してやってみようと続けることで、20件、30件と増えていけばいいと考えています。こんなチャレンジができるのも福岡市だからこそだと思いますね。

小室:市の職員にも高い能力が求められますね。

高島:自分のやりたいことを政策として落とし込んでいくには、それだけの能力がある職員が必要です。私の中では2種類の職員がいると考えています。「昨年」と同じことを今年も確実にしてくれる「作業」が得意な人、「昨年」のやり方に一つ工夫を加えることが得意な「仕事」をしてくれる人の2種類です。どちらの人材も市役所には必要ですが、私はチャレンジングな業務が必要な部署には後者の職員を優先的に登用してきました。福岡市の職員は「個」として優秀ですが、今では適材適所を通じて「組織」としてもかなり強くなりましたね。

 

プロデュースが重要

小室:福岡チャンネル(筆者補足:本記事の末尾にいくつか紹介しているのでご覧下さい)で分かりやすく市政を説明しておられます。広報の役割をも市長が積極的に担っておられますね。

高島:前職がアナウンサーですから、元プロフェッショナルとして「発信力」ということは前面に押し出してきました。でも、自分自身は広報マンというよりも福岡市のプロデューサーだと思っています(笑)。

 福岡はアジアに最も近くて、新鮮な魚介類やラーメン、モツ鍋をはじめおいしい食べ物もたくさんあるし、屋台もある。福岡には数えきれないくらいのたくさんの魅力があると、ネットニュースなどでも話題になっていますし、移住という点でも注目を集めています。

 ただ、福岡市は最近になって急にアジアの近くに引っ越してきた訳ではないのです。昔から魅力的なものもたくさんあったのです。それが十分に発信されていなかったのは、福岡市に街のプロデューサーがいなかったからだと思います。今、自分はプロデューサーのつもりで福岡市のいいものをどんどん発信しています。出し方次第、どうプロデュースしていくかによって売れて然るべきものが売れるようになるのです。

 それがないと、「せっかくいいものがあるのに…」とポテンシャルがあるだけの街で終わってしまいます。

 

世界のモデルシティ

高島:今、福岡は天神ビッグバン、ウォーターフロントネクスト(中央埠頭・博多埠頭の再整備)、さらに再開発案件では九州大学箱崎キャンパス跡地、青果市場跡地と様々な計画が目白押しです。

 跡地の活用に関するプロジェクトでは、ただ土地を売却して、その後に新しいビルが建築されましたというだけでなく、面としてモデルシティを構築したいと考えています。当然、東京には規模では勝てないわけですから、福岡が勝てるとしたら、そこにどのような「付加価値」を加えられるかということ次第です。世界の先駆けとなるようなエネルギーの効率化、自動運転などのモビリティや高齢者福祉のためのICTやIoTなど、最新のテクノロジーも活用して街としての全体最適を図り、機能と魅力向上につなげていきたいと思っています。

 こうして、どこにもないモデルシティ、スマートシティを築いて、世界中の都市のお手本となるような、アジアのリーダー都市をつくっていきたいと思います。

(取材協力)学生団体ivote福岡

参考資料

■福岡チャンネル(福岡市を情報を動画で発信するサイト)
①「天神ビッグバン」始動! (動画:1分10秒)

②スタートアップ法人減税ついに実現へ (動画:1分27秒)

③IoT開発拠点を目指して 解説(動画:1分18秒)

■マリンメッセ福岡
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福岡市が特に推進するMICE(Meeting(会議・研修・セミナー)、Incentive tour(報奨・招待旅行)、 Convention またはConference(大会・学会・国際会議)、 Exhibition(展示会)の頭文字をとった造語)の主な会場の一つ。観光旅行に比べ、訪問者の消費額が多いと言われる。福岡市での国際会議の開催件数は国内で東京都に次いで6年連続第2位。

■過去NewsPicks公式記事
高島宗一郎 福岡市長に聞く“攻める”地方創生の在り方 2015年10月19日掲載

■本記事の目次
第1回:人生を決定づけた中東での体験
第2回:アナウンサー、そして福岡市長へ
第4回:将来の展望

本読者投稿企画の記事は毎週月曜日午前7時にNewsPicksのタイムラインに配信します。
今後もご期待下さい。

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プロフィール

小室

小室 勝裕
1972年生まれ。京都市在住。
10年来、購買業務のうち間接材の取引見直しによるコスト削減を様々な立場で経験。コンサルテイング会社勤務時代には事業を西日本に拡大するに当たっての現場の最前線を背負う。事業企画、経営企画、そして内閣府に出向して国の制度改革にも貢献した後、製薬会社に転職、現在に至る。
週末は二児の父として子供と外出する日々。

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